スピードを上げ、オートバイが風を切る。後ろに乗った俺は、矢車さんの背中にしがみつくのがやっとで、口を開くことはできなかった。
矢車さんも、何も話しかけてこない。
俺がプリン・ア・ラ・モードを食べ終わるのを待って、矢車さんは俺の腕を引き、店を出た。
天道も加賀美も、俺たちを引き留めなかった。何を言っても無駄だと諦めたのだろう。
加賀美邸に向かう途中の公園の傍で、矢車さんはなぜかバイクを停めた。俺が降りかけると、「そのままでいい」と制止が掛かる。
「メットは取ってろ。鬱陶しいだろ」
「え、うん」
どうしてこんなところで停まったのか尋ねようとした時、上空から、こちらへとまっすぐ飛んでくるものが目に入った。
矢車さんの右の掌に静かに着地したそれは、矢車さんが所有する蜂型のゼクター、ザビーだ。
ザビーゼクターは、何かを体に引っ掛けて運んできた。後ろから身を乗り出した俺は、思わず「あっ」と叫ぶ。
「俺のブレス!」
教室に置いてきたはずの俺の護身用ガジェット。矢車さんはブレスを受け取った後、再びゼクターを空へ放つ。
「加賀美のガタックゼクターから、取り返してくれたようだ。さすが、ザビーだな」
矢車さんはバイクに跨ったまま、俺の左腕を取り、ブレスをはめてくれた。
「あのっ、矢車さん。聞きたいことが……」
今がチャンスとばかりに、口を開きかける。
「三年前、俺は、天道と共に反ZECT派にいた」
「へ?」
「お前の聞きたいことってのは、それじゃないのか」
「えっ。いや、その、そうだけど」
あまりにもあっさりと矢車さんが答えてくれるので、戸惑ってしまった。絶対、はぐらかされるか機嫌を損ねるか、どちらかに違いないと身構えていたのに。
「別に、隠すつもりはない。加賀美総帥も知ってる。反ZECT派を離脱して、ZECTに寝返ったのさ、俺は」
「寝返る、って」
先程の二人の会話が、俺の頭の中で再生された。
天道が矢車さんを変節漢と呼んだのは、そういう過去があったせいか。
「どうして、矢車さんはZECTに入ったの?」
反ZECT派や天道を裏切って、という言葉は、あえて仕舞っておく。矢車さんを非難する気持ちは、俺には毛頭ない。
「そりゃ、ZECTのほうが待遇が良かったからに決まってる」
「え、そういう問題?」
「俺にはZECTのほうが性に合ってたってこと」
もう行くぞ、と告げられ、エンジン音が聞こえた。こちらも慌ててメットをかぶり直す。
(……結局、はぐらかされた)
肝心なところを、矢車さんは告げない。
反ZECTだった矢車さんをZECTの幹部クラスに迎え入れ、自分の息子が反ZECTと接触するのも咎めない加賀美総帥。反ZECTにしても、武力でZECTを攻め潰そうとする様子はなかった。
ZECTと反ZECT派は、本当に敵同士なんだろうか。
俺には分からない裏の事情が、まだ他にもありそうな気がする。
一週間は、あっという間だった。
審判が下されるその日の授業後、俺はレベル判定試験を受けるため一人教室に残っていた。判定に落ちれば、レベルE。俺の命運もそこまで。
あの日以来、俺は俺なりに矢車さんと勉強を頑張ってきたし、加賀美も反ZECTの件は持ち出さなかった。
田所さんは、「香典は五千円でいいか」など、まだそのネタを引きずりつつ励ましてくれる。けど確か、「金額ははずむ」と言ってたくせに。
(深呼吸、深呼吸)
どうでもいいと豪語しても、一応俺の生死に関わることだから、やはり緊張から手が汗ばむ。
(矢車さん、どうしたのかな……)
朝別れたきり、今日に限って矢車さんと連絡が取れなかった。こちらから連絡しても、応答なし。判定試験が始まる前に教室に来てくれると、約束したにも関わらずだ。
心配ではあるけれど、俺にはどうしようもない。
絶対諦めるな、途中で試験を放棄するな、と矢車さんにさんざん念を押された。今は判定試験を頑張ることが、自分の務め。
そう頭を切り替えようとした矢先、俺の携帯が鳴った。発信者は、加賀美だ。
「何だよ、こんな時に」
『影山さん、非常事態です! 落ち着いて聞いてください!』
落ち着け、とこちらの方が言いたいぐらい、携帯から響く加賀美の声は切迫していた。
嫌な予感に、手だけでなく背中に冷たい汗が伝う。
「まさか、矢車さんのこと? 何かあったのか!?」
『矢車さんが、ハンターの手に落ちました。監禁されたようです』
「カンキン?」
咄嗟に漢字に変換できないほど、俺には信じられない言葉だった。
監禁、つまり、矢車さんが捕まるなんて、一体どうやったら想像できるだろう。
「それで、矢車さんは無事なのっ!?」
何よりもまず、その最重要事項を問う。
『多分』
「多分て何だよ、多分って!」
『犯行声明のメールがZECTに送られてきたんです。矢車さんの携帯から。メールに書かれてたのは、矢車さんを捕らえたことと、その場所だけです』
「場所? どこさ、それ!」
『とにかく落ち着いて! 影山さん』
携帯を握り締め叫ぶ俺を、加賀美は必死に宥めようとする。
加賀美の話によると、矢車さんはプロのハンター集団に拉致された。目的は不明だが、矢車さんへの私怨込みでZECT転覆を狙っている可能性が高いとのこと。
『ご丁寧に場所を教えてくるなんて、罠に違いありません。これから、SATの要請を』
「矢車さんがいる場所、教えろ。加賀美!」
矢車さんや天道のようにドスのきいた口調は、俺には無理。それでも、精一杯の威圧感で訴えた。
『……エリアX。ZECTの治外法権区域です』
「ちがいほうけん?」
『毎年数十人が、そこで行方不明になってます。とんでもない危険地帯なんですよ』
脅しの上手さは、俺より加賀美のほうが数倍上らしい。暗に、俺などが行っても、簡単に殺されるという含みを込めている。
『矢車さんは必ず助けます! 影山さんは、矢車さんのためにも試験を受けてください』
矢車さんのため、と言われ、俺の反論は言葉にならなかった。
同時に、試験開始5分前の予鈴が、加賀美との通話を強制的に終わらせた。試験官の足音が、廊下から響く。
試験開始とともに、教室のドアは施錠される。
外へ出るなら、今しかなかった。
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